2011年 02月 24日

愛の証

 2011年2月24日

 「被写体を愛する」ことに欠けている。
 だからおまえの写真からは何も感じないんだ。
 そこにお前のハートが込められていない。
 テクニックじゃない、ハートの問題だ。


 ぼくはこれまで撮ることだけに必死になってきた。
 構図しかり、露出しかり。 シャッターを切ることだけしか頭になかった。
 そう、写真を撮るだけで、目の前の風景、被写体を写真に写そうとしていなかったのだ。
 昨日、それを強くお師匠方から指摘された。
 ぼくは自分が情けなくて涙が溢れた。
 ここ2年以上もこうして指導してきてもらいながら、ぼくは今まで何をやってきたんだろう。
 小手先ごまかしで、一体何をしてきたんだろう。
 写真は奥深いなどと言いながら、結局のところ、何一つ分かっていなかった。
 情けなくて、恥ずかしくて、これまで苦楽を共にしてきたカメラを投げつけたくなる衝動にも駆られた。
 でもカメラを手にした途端、ぼくはカメラに向かい、ごめんなと言っていた。
 こいつに申し訳ない。 心底、思った。
 そして今まで撮ってきた自分の写真を見返した。
 そしてあることに気が付いた。

 自分でも、あ、これいいじゃんって思う写真には、そのシャッターを押した前後の記憶がはっきり残っていて、その時の感情すら蘇ってくのに対し、逆に、え?っと思ったり、スルーしてしまうような写真には、その前後の記憶が一切なかったり、あやふやだったりしてしまう。


 そう、結局、ぼくは気分でただ撮っていただけだったんだと気付いた。
 そういった写真には、確かに思い入れもない。

 「愛」がない。


 しかし、全てにおいて「愛」がないわけではない。
 これまでの写真の中でも、特に、しぅやせい、家族写真ではぼくの愛が溢れている。
 それが今のぼくにとって、唯一の救いかもしれない。

 そういう意味では、単純にぼくが好きな人には、「愛」のある写真が素直に写せるのかもしれない。



 例えば、大好きなお師匠のburgさん。

 どうです? この写真。
 ぼくの愛が満ち溢れてはいませんか?


a0111190_119677.jpg



 だって、これを撮る瞬間、思わず、「かわいい♪」って感じたことを痛烈に覚えてるし(爆)




 いずれにしても今回の一件で、ぼくはもっと深く写真について考えてみたいと思います。

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by silvadog | 2011-02-24 11:12 | 寺子屋


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